Still on the way
だああーっ、とおよそ人語とは言えない叫びを放って、清田信長は体育館の中心でその身を横たえた。
何だ、まだまだ鍛え方が足りねえなお前、とそう言って武藤がその横に腰を下ろせば、緩やかなドリブルをしながら牧が歩いてくる。その肩越しに、
神の3Pが高い放物線を描いてきまった。
IH県予選が終わり、全国大会が目前に迫っている。常勝を課せられた海南大付属のスターティングメンバーは休養日の午後を使って自主練
に精をだしていた。
「もー、この暑さ何すか!」
「仕方ねーだろ、これが夏だ。」
寝転がったまま肩で息をする新人は、そりゃそうですけどね、と憮然と返事をした。大体、と言葉を続ける。
「俺達、常勝海南でしょ??全国区でしょ???なんで体育館にエアコンがないんですか!?俺ん中学ですらエアコン完備でしたよ!?」
そう言った瞬間、取り巻く三年の気配が変わった。
「なんという・・・」
「贅沢は敵だぞ、清田」
「欲しがりません、例え勝っても。海南バスケ部・鉄のオキテだ。」
「・・・ここ、平成ですよね・・・?」
そうなのだ。
海南大付属高校には2つ体育館があり、どちらも比較的新しく、県下でも最も設備の整った環境であるといえる。にもかかわらず、
どちらの体育館にも冷暖房設備がない。よって夏になれば地獄の暑さと汗臭さに悶絶することになり、冬となれば耐寒訓練のような様相を呈する。
寒ければ動け、動いていれば温まるという時代錯誤といってもおかしくないポリシーの元、運動部は練習している。
「ここは元々士官学校だからなあ・・・。」
そうポツリと呟いた牧に、高砂が意外な顔をしてへえ、と相槌を打った。確かに、努力・根性・忍耐を必要以上に鍛錬する方針は
どちらかというと軍隊に近いかもしれない。
「確か、海軍の士官学校でしたよね。」
3Pの練習を終えた神が会話に参加する。ばさ、と横たわった清田の顔にタオルが投げられた。
開け放たれた窓から、わんわんと蝉の声と申し訳程度の風がゆるゆると入ってきた。
「そうなのか?それは知らんかったな。」
牧がスポーツドリンクを飲む手を止めてそう言えば、清田に習ってごろんと横たわった武藤が得心したように応える。
「でも、考えてみれば納得だな。普通、高校にヨット部とかねーもん。あってもカヌー部くらい。」
「そうっすね・・・。」
この高校には、変わった部活動が多い。そしてそれら変り種の部活はそれなりに実績を上げている。陸上部は無いが、トライアスロン部がある。
剣道部はないが、フェンシング部はあり、それなりに強豪だ。
話題のヨット部も、メンバーの内の何人かはオリンピックへ招致されていると聞く。バスケット部は全国区で校内で知らぬものはいないというほどのポピュラリティーを誇るが、意外にもっと
世界レベルで活躍している同級生などがひっそり居たりするのだ。
思い出したように、高砂がタオルで汗を拭いつつ言った。
「ウチのクラスの奥寺が、来月から遠征だって言ってたな。」
「へえ・・・アイツ何やってたっけ?」
「ロッククライミング。」
「すっげー・・・」
奥寺と呼ばれた女子は高砂のクラスメートであり、トップクラスのクライマーだが、それを知る人間は少ない。
「俺、バスケ部でよかった〜」
「何、ノブ。いきなり。」
がばりと起き上がって、真面目な顔をしてそう呟いた清田に、全員が注目した。
「なんつーか・・・、すげー寂しいと思うんすよ。個人競技って。」
切れ、その鬱陶しい髪は今すぐ切ってしまえとそう言われ続けている長い髪をヘアバンドできりりと上げて、清田は言葉を選ぶように訥々と続けた。
「前見ても後ろ見ても独りでしょ。でも、バスケはチームメイトがいるじゃないっすか。俺が独りで焦っても、
牧さんが声かけてくれて、高砂さんがいて、武藤さんがフォローしてくれて・・・俺がゴール決められなくても神さんや宮さんが外から決めてくれる。」
「クライマーとか、俺絶対無理すね。びびっちゃて。奥寺先輩は、すげー。」
清田、と牧が低くそして優しく呟く。
傍に居た武藤は、半身を起こしてやおらがむしゃらにぐりぐりと清田の頭を撫でた。
とかく俺様なところがあり、意図はないのであろうが熱くなりやすく個人プレーに走り勝ちな後輩が、
やっとチームプレーの何たるかに気付いた。
先輩としてチームメイトとして、これは感動的な瞬間であった。
が、珍しく神の瞳に黒さの無い柔らかな笑みが浮かんだその瞬間、清田の罪の無い言葉が落とされた。
「それに俺、高いところダメなんすよね。」
わははと屈託無く笑う清田の声だけが、体育館のだだっ広い空間に空しく響く。
感動と感銘の嵐は止み、ただただ只管にぐったりとした空気が戻った。
そう、清田は清田であり、夏は夏なのだ。そうなんだぞ、忘れんなよな、とその事実を再確認させるように、蝉の声が一気に高まった。
「そこかよ・・・。」
「ま、清田だからな。」
「・・・。」
「気持ちはわかる。堪えろ、神。」
「えええ!?なんで?!なんすか!?」
「いいからお前はちっと黙ってろ。な。」
常日頃、無口な高砂にまで冷たくそう言われて、清田は何がなにやら解らず拗ねたように黙った。
「あちー・・・」
静まり返った体育館に、夏の音だけが響く。目を閉じたままそう言って武藤が天井に向けて溜息混じりにそう言った。
「帰りにカキ氷喰ってかえろ。イチゴに練乳だな。」
「いいですね。」
「お、俺もいいすか・・・?」
不安げな怒られた犬のような目でそう言った後輩に、全員が笑う。
揶揄い甲斐がある後輩は、やっぱりいいもんだ。チームスポーツは最高だ。
「清田、おごってやるから、あと50本シュートがんばれ。」
「マジすか、高砂さん!」
「男に二言はない。牧は?」
「悪い、先約。」
決まり悪げに答えた浅黒い肌のその横顔に、武藤が意地悪げに視線をやる。・・・同級生を揶揄うのだって、十分楽しいのだ。
「おーおー、モテる男はいいねえ〜。」
「・・・いい波が来てんだよ。」
「色気ねえなあ・・・正直もったいないぞ、お前。俺に少し譲れ。頼む。」
「譲れるほどモテてない。お前も解ってるくせに聞くなよな。大体そういうことなら神に頼め。」
ご謙遜ご謙遜、と時代劇のように芝居めいた言葉を放ちつつぎゃははと笑う武藤に、牧が乱暴にボールを投げつけた。
それが合図となって、其々が其々のメニューに戻っていく。
個人の努力は、いつかチームで役に立つため。いつか、最高の自分に・・・自分達になるため。
でもその合間に、ちょっとくらいくだらないことを言い合う瞬間があってもいい。いや、無くちゃやってられない。それは、その場に居た全員が
思っていることだろうと神は心の底で笑う。
す、とボールを構えれば、リングの朱が綺麗に見える。
放つ前から入ると解るこの感覚。だからバスケは辞められない。
背中の方で、武藤と牧がなにやらわいわいと言葉を乱暴に投げ合っている。それに参加したい清田が、トンチンカンなことを言い、高砂に無言で尻を蹴られている
様が、手に取るように解る。
ああ、暑い。
一滴の汗がぽたりと落ちた。それでも。
この夏が続けばいいと、そう思ってしまうのだ。
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*Postscript
夏は拙宅のテーマの一つでもあります。海南メンバーは夏が似合う。
練習の合間の休憩時間のだらだら話を書きたかったんです。清田のような後輩がいると、絶対面白いと思うんだ。
ちなみに拙宅では牧はとかくモテる男ではありません。人気はあるだろうけどミーハー的な人気は彼の中ではカウントされない。仙道や流川もこのカテゴリー。本気でモテるのは神とか清田。他校なら、越野、花道。そんな妄想です。