この坂の向こうに
耳に届くのは、体内からの鼓動と、踏み出す足が定期的にアスファルトを蹴る音。
理解するのは、違う音。ここ数日、頭を離れない厄介な声。
『お前は、俺に成れない。』
『俺も、お前には成れない。』
わんわんと、警報の様に脳内を回る声。
あんたの居ないチームで、俺は何をすればいいですか。
あんたと高砂さんに吹っ飛ばされて、センターを諦めました。シューターになって良かったです。
でも、それは同じコートでプレーしたかったからで。だから、死ぬほどがんばったわけで。
見上げる人がいるって、楽です。
今、皆が俺を見上げてます。
どうすればいいですか、キャプテン。流石です、キャプテン。
そうやって、俺を見上げます。これっぽちも疑ったりしないんです。
勝たないと、駄目なんだそうです。負けてはいけないんだそうです。
そんな無茶、どうすればやれますか。
『お前の、いいと思うやり方でやれよ。』
ええ、俺は俺のやり方でやります。他に、どうすりゃいいかも解らないし。
でも、俺のやり方で本当にいいのかな。それが、ベストかな。
あんたの影とか、消しちゃっていいのかな。この2年間、追いかけた影、全部消去でいいのかな。
・・・そんなこと、出来ない相談ですよ。あんた結構残酷ですね。
『お前のチームにすればいいんだ、神。』
ああもう、黙ってくれよ。ちゃんと解ってるから。
少し、迷ってみただけです。弱音の一つも言わせてください。何処にも持って行き場がないんですから。
大事なのは、夢をみる事じゃない。目の前の現実から、選択する事だ。
今可能な全てを、今やるだけだ。これまでだって、そうしてきたんだ。
だから、これからもそうすべきなんだ。
『期待してるぞ。』
あんたの期待を裏切るのはイヤですからね。
割と、顔にでますから。あんたのがっかりは。
精々、期待されてやりますよ。待っててください。
「キャプテン、自主トレがんばるなあ・・・。」
外周を走る細長いシルエットを眺めて、新人の一人がポツリと呟くと、背後のコートからボールがネットをくぐる音がする。
髪の長い2年生は、昨年は大型新人として名を馳せたらしい。練習中は煩いほど破天荒でムードメーカーのその先輩が、解散後に独りで黙々とシュート練習をする姿は、もはや目に馴れた風景となって久しい。
「俺も、帰って走りこみするかな。」
「・・・俺も、筋トレ行ってくる。」
「あ、明日朝練6時集合な。」
「え!それちょっと早過ぎ・・・」
「馬鹿。キャプテン7時には来てんだぜ。それより前じゃなきゃ、特訓にならんだろ。」
「そだな。」
「・・・だよな。」
よし、と頷き合って、新入生は三々五々散っていく。
見上げて、見上げられて。
追いかけて、追いかけられて。
一歩一歩、坂を上っていく。
その坂の向こうには、きっといい日が待っているはずだから。
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*Postscript
新キャプテンの煩悶。
"目標とされる対象"になる事の苦悩と、追いかけることからの脱皮を書いてみました。
神は、本当はめちゃくちゃ負けず嫌いで、ちょっと黒いところがあればいいな。