Band of Brothers
連帯責任と年功序列いうのは、体育会系の部活動では避けて通れぬ鉄の掟である。
理不尽極まりない上級生からの命令は、それでも絶対だ。文句を言えない下級生の恨みは、必然的にその先輩の怒りに触れた人物に注がれる。海南大学付属高校バスケ部において、1年生の宮益はその渦中にいた。
「まっったテメエかあ、宮益!!!」
体育館に響き渡る上級生の声。その足元には吹けば飛びそうな、小柄な身体が膝を付いて肩で息をしていた。
途端に、バスケ部専用体育館に、諦めと怒りが満ちる。
「一年!全員グランド10周してこい!鍛え方が足んねーヤツがいるようだから、基礎体力からシゴイてやる!」
どこともなく誰とも無く、はあ、と盛大な溜息が漏れ、体を引きずるようにしてオレンジ色に照らされた校庭に一年生が散っていく。
『・・・迷惑なんだよアイツ。』
『早いところ、辞めちまえばいいのに。』
『初心者って・・・身の程を知れよ。』
そんな微かな声を聞きながら宮益もよろめきながら立ち上がったが、途端にくらりと視界がぶれる。
ああ、また倒れてしまう。そしたらまた、余分に走らなきゃならなくなっちゃう。絶望的に思いながらその歪んだ視界を閉じようとした時、左腕をがっちりと捕まえられた。見上げたら、そこには同じ一年生の顔がある。中学校でもかなり鳴らしたエースだったというその男は、確かムトウ、とかなんとか・・・。そんなことを酸欠の頭で考えていると、そいつは、ち、っと舌打ちして忌々しげに呟いた。
「あんな奴等、あと半年もすりゃ引退だ。」
「で、あと一年半すりゃ、俺たちの天下だ。」
今度は逆の右側から違う声がした。その声は、知っている。一年生で唯一ユニホームを手にしたプレイヤー。そして、今一番、チーム内でへまをやることを期待されている人間。でも、彼と自分が違うのは、彼には実力があるということ。そして、誰よりも強いのだ、彼は。
(僕は・・・?)
負けたくない。先輩にも、同期にも、練習のしんどさにも。簡単にくじけてしまう自分にも。
宮益は黙って頷いた。
「グランド、いこう。」
背中を押すように、低い声がかかる。滅多に喋らない男は、確か高砂といったはずだ。そして、宮益は"同級生"と呼ぶには些か成長が早すぎるような3人に囲まれるようにして、よろよろと校庭へと向かった。
その日から、宮益は孤独な初心者ではなくなった。何かと目立つ一年生の3人。高砂、牧、武藤。彼らは体つきもバスケットの技術も、初心者の宮益とは別次元だ。その彼らが、孤立していた彼を宮、宮、と呼んで、何かと付き合うようになった。
練習中、表立って宮益を助けることはなかった。でも、宮益の心が折れそうになる時、彼らは必ず其処に居た。
「宮、もうちょっとパス練習、やらね?」
「シュート練習、付き合えよ宮。」
「で、その後、なんか喰いにいこーぜ。」
いつも以上に堪えた練習が終わり、主将が大きな声で解散、と言った途端、崩れ落ちるように座り込んだ宮益に3人がそう声を掛けるのを、どこかで見ていた上級生の一団が嘲う。
「うん、でも皆、僕に付き合ってると・・・。」
先輩達に何を言われるか解からない。
そんな気分で壁のように己を囲んで立つ同期生に告げると、
「何言ってんだぁ、宮。キモチわりーぞ、コラ。」
君はきっとバスケ以外も、相当経験してきたんだろうね、と思わず問いたくなるような凶悪な視線と共に武藤がそう言って座り込み、宮益を斜に睨んだ。
それに苦笑しながら、牧の大きな掌が宮益の細い肩を軽く叩く。
「お前はまず喰え。取り合えず喰っとけ。な。」
「そうだ。喰えば・・・いろいろ伸びる。」
いろいろってなんだよ、と突っ込む武藤に、高砂はいろいろはいろいろだ、と冷たく答えた。
がらんとした体育館は、先ほどまでの熱気が嘘の様に静かで、それぞれの発した言葉が微妙にエコーがかかって聞こえる。宮益は、小さく頷いた。
いつか、この連中と同じコートに立ちたい。夢のようなことかもしれないけど、いつか。
そんなことを考えていた宮益をまっすぐ見て、武藤がにやりと笑って言った。
「宮よぉ。俺たち皆で、あいつら押しのけて、ごっそりユニフォーム頂こうぜ。」
皆で、という言葉に宮益は驚きを隠せなかった。牧を筆頭に、武藤も高砂も、中学校時代から県下ではトップクラスプレーヤーだ。それが、初心者の自分にも、皆で、と言う心理は、ありがたいことながら宮益には理解しかねた。返す言葉に困っていると、横に座る牧が、去って行く上級生達をどこか卑下した目で見ながら低い声を紡いだ。
「宮、学年もキャリアも関係無い。試合は結果出せるヤツがベストだ。実力勝負はサイコーだな。」
そのあまりにも直接的な闘争心と自信に溢れた言い様に、武藤がふざけた声で混ぜ返す。
「さっすが〜!怪物くんは言うねぇ。」
「武藤・・・怪物"くん"は止めてくれ。頼む。」
IH出場を決めた試合にスタメンとして華々しくデビューした牧は、バスケット関係の雑誌で大々的に取り上げられ、嬉しいのか嬉しくないのか解らない厳つい二つ名を頂いていた。憮然と呟く牧を見て珍しく噴出した高砂を、武藤が意外そうな眼で眺める。
「高砂。お前でも笑うことあるんだな。」
「・・・俺はコレでも人間だぞ、武藤。愉快で痛快な時は笑うさ。な、怪物"くん"。」
「お前まで、それ言うかよ・・・。」
心底裏切られた、といった顔をして呆然と高砂を見つめた牧に、宮益も武藤も笑い出す。
ひとしきり笑って、4人は立ち上がった。そして、言った。
「約束、な。」
「うん。」
「いつか全員、ユニフォーム。な。」
「おう。」
夏も冬も、そうやってあっと言う間に時間が過ぎていった。毎日の練習メニューをこなし、その後、4人で居残り練習。
バスケだけでなく、テスト前などは体育館の隅で、互いの苦手教科を教えあったりもした。この時ばかりは学年上位10位に必ず入る宮益は、他の3人を抑えてイニシアチブを取る。そんなことを繰り返すうち、4人に加わる同期も出てきて、いつの間にか宮益はチームに馴染んでいた。そして2年が経った。
4人が最上級生となった年の、初夏。全体ミーティングが終わり、部員が三々五々散っていく体育館の片隅で、宮益は一人立ち尽くしていた。
その手には、追いかけてきたユニフォーム。
少し呆然としていたら、見つめるユニフォームにふっと影が差す。見上げれば、そこには見慣れた顔ぶれ。同期、という言葉だけでは表現しきれない程、大切な彼ら。
「ちょっと時間かかっちゃったけど・・・。」
言葉にした途端、情け無いほど声が詰まる。
「待ってたぜ、宮。」
「頼りにしてるぞ、宮。」
そう言って宮益を激励した武藤と牧の横で、高砂は黙って微笑んで、宮益の肩を壊れるほど力強くばんばん叩いた。
その日も、練習メニューをこなし、その後居残り練習。そして4人連れ立って体育館を後にする。
五月蝿いが憎めない一年坊主が、『なんすか、何かみんなでやるんすか?俺も俺も!」とその影を追いかけたが、出来た2年生に羽交い絞めにされ3P練習に付き合わされる形で、引き剥がされる。
新しいチームの、新しい歴史が始まった。
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*Postscript
『海南のユニフォームを取った男だぞ』
SDで好きなシーンの一つ。宮は神とは別の意味で努力の人。トッププレーヤーに成れないと(きっと)解っていてそれでも努力を辞めなかった宮。残った3年は、そんな宮の努力をずっと見守って支えた戦友なんだろうな、って。男として尊敬してたにちがいないと妄想。仲良し3年生チームはcyの大好物です。ちなみに、なぜ高砂は"愉快"で"痛快"と言ったのか。お解りの方は、昭和生まれと信じて疑いません。お友達になってください(笑)。