先輩、先輩、



俺は、先輩には恵まれている・・・と、そう思う。



バスケの事なら、牧さん。嬉しいことも、逆に耳の痛いことも、ストレートに言ってくれる。結構キツイことも全然遠慮無く言うし、元々言葉数の多い人じゃないから、牧さんの一撃は相当堪えることもある。 でも、いつだって最後には笑って俺の頭をぽん、って軽く叩くんだ。 それがちょっと誇らしい。この人は、下の人間に甘えさせるのが本当に上手いんだ。

勉強の事なら、神さん。とにかく、全教科を聞けるのはこの人。学年も近い分、どこがテストにでるか記憶もフレッシュだ。この人が居なければ、俺の赤点の歴史は延々と続いたと思う。

背中を押してもらいたい時は、宮さん。宮さんの言葉は重い。この人の努力を、数ヶ月見ただけの俺でもそう思うんだから、他の先輩達は尚更だろう。結構いろんな人の相談に乗ってやってるのを見かける。

ケツを蹴っ飛ばしてもらいたい時は、武藤さん。この人の言葉は、短いけど効くんだよね。「明日の事は、明日考えろ。」とか、「引くな、押せ。」とか。きっぱり割り切ってるというか、漢、というか。中学時代はちょっとヤンチャもしたとかしないとか聞いたけど、納得だなあ。

最近流行の音楽や映画情報は、小菅さん。いつ収集してるのかはわからないけど、本当にアイドルからハリウッドスターまで、映画ならメジャー級から単館上映のコアな作品までと幅広い。話題に困らないだろうな、この人。遠征に行く時なんかは、隣に座って話聞くだけで楽しい。神さんは「半年も聞けば、飽きるよ。」って言ってたけど、どうだろう・・・。

へこんでる時は、高砂さん。この人に、話しを聞いてもらうだけで、自分の中のどろどろした気分とか怒りとかが、スーッと引いていくのが解る。高砂さんは一言も話さないんだけど、さ。


では、恋愛はどうだろう?
一体、誰に相談すればいいのか。それが、目下、俺・清田信長の悩みなのである。
選択肢は、6人。聞きやすさから選べば、神さんだ。俺はその日の部活後、早速行動に移した。



「へえ、ノブ、好きな子いるんだ」

自転車をこぎながら、神さんは少し驚いたように言った。その荷台に立って俺は、うう、と呻いた。好き、と言葉にすると、なんてこっ恥ずかしいんだ。 たった2文字のその言葉が、なんだか死ぬほど照れくさい。だから、言い訳のようなことを言った。

「いや、なんつーか・・・、ちょっと気になるって感じっすかね。」
「こんだけ忙しくしてるのに、それでも気になるって、よっぽど好きなんじゃない?」

タフだなあ、と呟く神さんの漕ぐ自転車は、校門を抜けて下り坂に向かう。目の前に湘南の海がキラキラと日光を反射させながら、大きな波を描いている。
頭のどこかで、ああ、だから牧さん急いでたんだ、と思った。見えるわけもないのに、波間の何処かにいるんじゃないかと目を凝らすと、 あまりの眩しさに視界が少し白く霞んでクラリとする。神さんが、ノブちゃんと立ってないと落とすよ、と風に向かって叫ぶ。

高台にある学校からは、海へ向かって長い一本道の下りだ。案外スピード狂の神さんは、今日もタイヤが転がるままに自転車を走らせている。

『俺ブレーキなんてかけないよ。こんな気持ちいい一本道、飛ばさなきゃ損。』

いつだったか、危ないからもっとゆっくり、と言った俺に神さんはそう言った。
あれは、まだ入学したてのことだった。その後、IHがあって、夏休みになって、国体合宿があって…空を見上げれば秋だ。 ひゅうひゅうと耳元で風が鳴る。自転車の上では、そろそろ合服が肌寒い。明日から、ジャケット着てこようと思いながら、俺は大声で聞いた。

「神さんはぁ、好きな子とか気になる子、居ないっすかぁ?」
「う〜ん。今はいないなあ。っていうか、そっちに目が向かないんだよ。 練習と勉強終わらせたら、バタン、って感じ。 1年の時は、それでも女の子と遊びに行ったりしてたんだけどなあ・・・。前の彼女と別れてからはもう、バスケ一筋だよ、悲しいけど。」

神さんの意外な言葉に、俺はへえ、と相槌を打った。
俺のクラスには神さんのファンが多い。神さんは基本的に優しいし、いつだって笑顔だし、一年に人気があるのはダントツで神さんだと聞いたことがある。 だから、相当モテるだろうに興味が向かない、というのに少し驚いた。
ちなみに牧さんは、とっつきにくくて怖い、というイメージらしい。近くにいるとバスケしてない時の姿も見るから、俺はそんなふうには思わないけど。
それに、俺はどっちかというと、神さんの笑顔の方が怖い。
古典で二度目の赤点を取ったときは、神さんは怒らなかった。ちょっと下を向いて「ノブはほんと、手がかかるね。どうしようかな…。」 って目を細めて笑っただけ。それを見た小菅さんと宮さんに、「ノブ、お前、今日から死ぬ気で勉強しろ。神は怒るとヤバイぞ。」と真面目に忠告された。それ以来、俺は赤点をひとつも取らずにいる。

「正直言って、ノブはその子とどうしたいの?」

カーブに差し掛かって少し体を倒しながら神さんが唐突に聞いた。

「え?」
「つきあいたい、っていうの、結構漠然としてるでしょ。具体的にどうしたいのさ。」

具体的にどうしたいか?
考えたことも無かった俺は、ちょっと固まってしまって黙り込んだ。
どうしたい?どうしたいんだろうか、俺は。

「手つないで歩きたいってレベルから、キスしたいとかエッチしたいとか、いろいろあるでしょ。」
「まあ、そりゃそうすね・・・。」

生々しいことだが、さらりと言われて照れくささは全然無い。真面目に考えてみた結果、俺の脳は珍しくもすばやく回答をはじき出した。
顔をたたく向かい風に負けないように声を張り上げる。

「清田、できれば色々、今すぐ全部したいです!!」

そう言ったら、神さんは、ノブらしいね、と言ってはじけたように大笑いした。

「じゃ、彼女にそう言うしかないね。思ってるだけじゃ伝わんないしね。」

でも色々したいとか、言っちゃ駄目だよ。
そう付け加えて、神さんは再度自転車を傾ける。最終カーブだ。俺の長い髪がぶわっと風に舞った。


耳元でひゅんひゅんと風が鳴る。目の前に湘南の青い海が迫る。波の音がどんどん大きくなる。
飛んでいくように過ぎていく風景。風に混じるようなこの香りは、神さんの使っているシャンプーの匂いだ。

毎日吐くほどバスケやって、その後同期の連中と馬鹿やって。
寝過ごして、遅刻しそうになって、居眠りして怒られて。
試合でて、勝って負けて、俺は単純だからすぐ泣いたり笑ったりして、そんなのを先輩にからかわれたり、黙って慰められたりして。
たまに勉強して、毎日天気は俺の上だけ最高で、そしていつか彼女とこの海を見る。
そうやってこれからも毎日が過ぎていくんだ。最高だ。

こんないい気持ち。
ブレーキなんか、かけちゃ損だ。

神さんが、大声で何かを叫んだ。よく聞こえなかったけど、俺たちは声を上げて笑った。


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*Postscript
神とノブは先輩・後輩の理想形。だらだら、くだらないことを沢山話していて欲しいな。清田が後輩なら、さぞかし可愛いに違いない。
個人的は、恋愛相談なら花道か越野にしたい。親身になって聞いてくれそう。牧とか仙道とか、藤真とかはパス。 奴等はもてない人間の気持ちがわからんだろうと思うし、相談してる最中に相手をうっかり好きになってしまうかもしれんし・・・(意思が弱すぎです:笑)。
失恋した時は、洋平兄さんで。理由は・・・もう黙って抱きしめてよ、って感じ。…てどんな感じだ…。