君を想う強い強い気持ち



どんな子がタイプか、と聞かれたことは何度もあったが、逆にどんな子が嫌いか、と聞かれたことは無かった。
だから、問われた瞬間、俺はかなりとぼけた顔をしたに違いない。越野にアホがアホ面すんなよ、とつっこまれた。軽くはたかれた頭をかきつつ答える。

「・・・難しいなあ、俺、女の子全般が大好きだもん。」
「テメーという奴は・・・。」

呆れ顔で越野が憎憎しく呟き、その横で福ちゃんが黙ってお手上げだと頭を横に振る。

「でもいくらお前でも、誰でもいいって訳じゃねーだろ。コレだけは駄目、っての?そういうのねーのかよ。」

例えば身長は170cm未満にしてくれとか、ベリーショートは駄目、とか。
そういうことだよ、と越野が言うと、また横で福ちゃんが溜息をついてオレンジ色の空に目を遣った。

練習が終わって、駅まで向かうほんの20分。その間、俺達3人は路線が一緒なのでよく話す。面白いことに、バスケの話題は滅多にない。話題になるのはクラスメイトの事、週末の事、今ハマってる音楽やドラマの事、そして、いれば彼女の事。

その日の話も、きっかけは些細なことだった。
俺は、自分で言うのもなんだが恋愛経験だけは豊富だ。経験から何を学んだかと問われれば痛いのだが、少なくとも数はこなしている。高校に入って以来、告白されて付き合うということを何度繰り返したか知れない。別に断る理由もないし、女の子にスキだといわれて気分を害する男がいるだろうか?だから、特定の彼女がいないときは大抵OKの返事をしている。そして、現在に至るまでその関係が2ヶ月以上続いた例がない。別れる理由は何時も判で押したように一緒だ。

『仙道君は、誰も好きじゃない。』

・・・なんだ、それ?
俺の中にあったその疑問を、試しに2人に聞いてみることにしたのだ。
すると、越野が俺に聞いた。

『お前、誰かを本気で好きになったことあんの?』
『深く付き合ったら、本気でスキになるかもしれないじゃん、・・・ってのはダメ?』
『いいわけあるかっ!』
『でも、告られた時に相手の事を全部知ってた、なんて在り得ねーだろ?』
『・・・う!』
『大体、俺に告白してくる女の子だって、俺のことなんか知っちゃいねーよ。』
『・・・。』

みんな、俺の外面とバスケ見て告白してくる。仙道君が好きです。バスケしてる仙道君はカッコいいです。
あの女の子達の言う"仙道君"って、一体誰なんだよ、と俺は聞きたい。
が、そんなことを越野や福ちゃんに訴えてもしょうがないので、何時ものように軽く笑って駅への道を急いだ。そんな時、それまで黙っていた福ちゃんが俺に聞いたのだ。

どんな子が嫌いなのか、と。

越野の例を参考に、また少し考えたが、思いつかない。
嫌いな子、嫌いな女の子。そんなの、考え付かない。そんなの、居ない。俺は福ちゃんにそう答えた。

「だからだ。」

福ちゃんは得心したように頷く。
その言葉に俺より先に越野が反応した。

「何がだよ。」
「仙道が誰も好きじゃない理由。」

福ちゃんは誰も見ていない。遠くに視線を遣ったまま、呟くように言う。

「ウチのじー様が言ってた。好きと嫌い、別のようで同じだ。」

俺と越野は顔を見合す。嫌い嫌いも好きのうち、なんて言い回しを聞いたことはあるが、福ちゃんのそれはもっと深いもののような気がして、混ぜ返すのは憚られた。

「誰かを好きに想う気持ちの強さも、嫌いに想う強さも、根っこは同じ。好きだから、自分のモノにしたい。自分のモノにならないから、嫌い。」

福ちゃんは口数こそ少ないが、物事を突き詰めて考える性質だと言うことを俺達は知っている。だからこそなのか、ゆっくりと紡ぎだされる言葉の一つ一つが重い。

「ソレ、どっちも我欲って言う。だから、好きな奴を、好きになった時と同じ理由でいきなり嫌いになったり、できる。」

そして彼は、静かに俺を見て、判決を言い渡す判事のように躊躇いも無く言い放った。

「仙道は、嫌いが無い。だから、好きも無い。」

夕焼けに照らされた駅前で、俺達は誰とも無く立ち止まる。その横を、1年生の団体が口々に俺達に挨拶を飛ばすのをおざなりにやり過ごしていると、越野が妙に感心したといった態で頷いた。

「いやー、何時もながらすげーよ。流石、っつーかなんつーか、坊さんの言うことは一味違う。」
「・・・福ちゃん、今度俺、お寺のお勤め参加してもいい?」
「オマエ、来るな。仙道来ると、いろいろウルサイ。」

特に母さんと下の妹が、と言ってふるふると頭を振る福ちゃんを、越野が大笑いしながら肩をばんばん叩いていた。
俺も、顔は笑っていたけど、本当は笑える心境ではなかった。
冷たい手で背中を撫でられたような、そんな気分だった。




その後も一通り実も蓋も無い会話をし、途中の駅で下車した2人を見送った。そしてやっと独りになった俺は電車の中から薄暗くなっていく空を眺めながらぼんやり思う。

(嫌いな子、じゃないけど。嫌いな奴なら、いるんだなあ・・・)

俺が、今一番嫌いな奴。考えただけで、喉の奥の方が熱くなるほど嫌い。なのに、気が付けばその嫌な奴の事を考えている自分が居る。そんな自分も、かなり嫌だ。気分の悪いこと、この上ない。

追いついたと思ったのに、裏をかかれた。そんなことは、今まで無かった。
才能は、俺の方が上だと。そんな証明不能な曖昧な根拠でしか自分を支えられない。こんな屈辱があるか。
共に過ごす機会が増えるほど、掛け値なしに慕われているのが解った。同期にも、後輩にも、それが他校の超問題児であっても。
コートの上に居ても、居なくても。たとえ、バスケを取り上げても。大事にされていくのだろう。そして、それ以上に周りを大事にするのだろう、裏も表もなく。
あまりにも真っ当に、綺麗に正しく出来上がっていて、それが逆に嘘くさい。望むように、望まれるように、そしてそれが自発的に完成されてる。そんな訳、あるかよ。そんな訳、ねーよ。在り得ないだろう。

あるはずだ。正直言って、あるだろ?アンタにも。
妬みとか、嫉みとか、蔑みとか、驕りとか、欲とか。

でもその欠片さえ俺は見つけられなくて。だから、嫌いなんだアンタが。
それでも俺は、平静を装っていた。そのはずだったのに。

『・・・無理するなよ、仙道。』

何もかも解ったようなこと言って。俺の何を解ってるって言うんだ、俺の何を。
何言ってんすか、と何時もどおりへらりと笑った俺に、微妙な笑みまで浮かべて。挙句に肩まで叩いて行きやがった。
慰めてくれてんの?気遣ってくれてんの?もしそうなら、それって全く逆効果だよ。

善人面しやがって。
大嫌いだ。アンタを、否定したくて堪らない。
否定されているアンタを見てみたいんだ、俺。
そして言ってやる。
アンタも俺も、同じだよってさ。

同じ。俺も、アンタも、同じ。
同じはずじゃないか。

がたん、と大きく電車がカーブを描く。連結部分から見えていた運転席越しの海が視界から消えた。
窓硝子に映った空の、一点だけ清々しい青さを保った部分を俺は冷めた目で見る。
この喉の奥の熱は、決して炎ではない。例えて言うなら青白い焔のようだ。じわじわと侵食していく、絶対零度の焔。

(なるほど、ね。)

福ちゃんが言ったことは、正しい。
自分のモノにならない、存在。手が決して届かない存在に向き合うと、人は、何故と問わざるを得ない。そして自分自身に欠けている、望んでも泣いても暴れても、そしてどれだけ努力しても得られない"何か"を発見する。

そしてなお、諦めきれず満たされぬ渇きに喉を掻き毟る自分自身の姿も。
自分の醜さなんて、誰だって見たくないのに。

だから、
嫌いになるしか、なかった。

「・・・困ったね・・・。」

俺はそう呟いた。そして、その声の意外な大きさに心臓が止まりそうになった。


やっぱり、嫌いだアンタのこと。マジ、駄目だ。どうしようもない。
俺の世界を、元に戻してくれと、どうしてくれるんだと、張っ倒してやりたい。

この強い、恐ろしいほど強い想いを。
どうしたら、いいんだろう。どうしたら、いいんだ。

どうしたいんだ、俺は。
一体、どうしてしまったんだ、俺は。

また電車ががたん、と揺れる。揺れるままに身を任せると肩がドアに触れ、鉄製のそれは俺の身体から体温を奪う。どうせなら、この喉の奥の焔も取り去ってくれればいいのに、どういうわけか体温が下がれば下がるほど、その熱は広がっていくから困る。

終着駅は遠い。俺は、腕組みをして目を閉じた。
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*Postscript
拙宅の仙道は、精神的に殺伐としたロマンチスト。
実は、愛したいとか愛されたいとかを、絶え間なく渇望してそう。
でもこういうタイプは一度嵌る相手を見つけると一途で強引だから・・・嵌られた側は大変。